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余語まりあ  太田光代社長  対談

余語まりあ×株式会社タイタン 代表取締役社長 太田光代 対談

女性の「本当の美しさ」とは

余語まりあ(以下、余語) :今、多様性の時代をむかえて、「本当の美しさ」というものを誰もが模索しているように思うんです。太田社長が「美しい女性」としてモデルにされている方はいますか?

太田光代社長(以下、太田) :女優さんで好きな方もいらっしゃいますし、役として素敵だなと思うこともありますが、誰か特定の人を目指す、という感覚はないですね。

ただ、初めて「女性の美しさ」とか「生き方」を意識したのは、有吉佐和子さんの『悪女について』という小説でした。 小学校高学年のころに『週刊朝日』で連載されていたものが、中学生のころ本になって、1978年にテレビ朝日でドラマ化されたんです。

実業家の女性が謎の死を遂げるところから始まって、いろんな人が彼女との思い出を語っていくというストーリーで。

余語 :そういう作品、当時は珍しかったのでは?

太田 :最先端だったでしょうね。今では似たような話もありますが、初めてこういう手法で描いたのは有吉さんだと思います。

死んだ女性との思い出を語る人たちの中には、「あれはすごい悪女だった」という人もいれば、「女神のようだった」という人も、「彼女のことなんか話したくない」と言いながら話す人もいるんです。

ただひとつ共通しているのは、彼女との思い出を誰もがよく覚えている。彼女の存在によって、良くも悪くも、いろんな人の人生が彩りを与えられたことがわかるんですね。

世の中には男も女も星の数ほどいて、接点を持てない人のほうがずっと多いじゃないですか。だからこそ幸運にも接点を持てて、一緒に思い出を作ってくれる相手は、その都度、大切にしていきたいと思いますね。

余語 :人の記憶に残る女性の美しさとは、何だと思われます?

太田 :見た目の美しさというのは、あって損ではないんですよ、絶対に(笑)。
でも『悪女について』の主人公の女性は、とても魅力的だけれど、ずば抜けた美人ではないんだろうな、という描かれ方をされていましたね。ドラマでヒロインを演じられた影万里江さんは、まさに小説の中から抜け出してきたようでした。

逆に、とてもきれいな人なのに、どうしてこういう物事の捉え方をするのかなと、残念に感じる女性もいませんか。内面はやっぱり顔に出ますから。

私は人を見る仕事をしているので、わかってしまうところがあるんですよ。意図的でなくても、もともと持っている資質がありますから、パッと見は綺麗だなと思っても、そう見えなくなっていく人もいますね。

余語 :同じことであっても「それをどう捉えるか」というその人の心の持ちようによって、結果が大きく変わってしまうこともありますよね。

太田 :そうですよね。
映画『タイタニック』でレオナルド・ディカプリオが演じる主人公のジャックが、貧乏人なのにハイクラスのパーティーに出なきゃいけないという嫌がらせを仕掛けられるじゃないですか。 そのとき、ひとりの一見ぶっきらぼうなおばさんが、息子のタキシードを彼に貸してあげる。

彼女は実在の人物をモデルにしていて、タイタニック号沈没事故で生き残った女性なんですよね。まだ人が乗れる救命ボートを、沈没しかかっているタイタニック号に戻すように言い続けて。

タイタニックの物語って、男性側は階級というものへの意識がすごく強く描かれていますから。でも女性は、たとえば目の前で子どもが「助けて」と泣いていれば、「なんで助けにいかないの!」ってやっぱり言いますからね。「まだ詰めれば乗れる!」って。

余語 :男性たちは社会の価値観や、階級に縛られているけれど、いざ生きるか死ぬかというときに……。

太田 :そんなもんは関係ない。

余語 :もっと大事なものがあるだろうっていう。

太田 :そう言える女性が、作品の中で、脇役ではあるけれども描かれている。それは、そういう素敵な女性が本当にいたからなんですよね。
人はだいたい多くの欠点を持っているでしょ。

余語 :たいしたことはないですもんね。

太田 :そうなんです。でも、本や映画の登場人物を見て、考えたり、想像したりすることで、欠点を補っていくことはできると思います。

想像力が乏しい人って、往々にして相手の気持ちがわからないから、端から見ていて「なんだろうこの人」って感じになっちゃうんでね。

私はもう50歳を過ぎましたけど、やっぱり老後について考えます。今まで生かされてきた人生の終盤の時間を、どう使うか。もちろん自分のためにも使いますけど、仕事を続けるのであれば、それは何かの貢献でもあるでしょうし。
そこを明確に、「何かのために」という指針を、もうそろそろ考えなければいけない時期ですね。

余語 :考えますよね。

太田 :ただ、すでに経験値があると、「これは私でなくてもやれる人がいる」「これはもしかしたら、私じゃなきゃできないことかもしれない」という見極めができるようになっていると思います。人は常に成長しますから。

まあ、顔はその結果シワシワになる。若いときはみんなきれいでも、同じように老けていきますし、見てくればかりを気にしているのもどうかと思いますよ。

もちろん、適度には考えなければいけませんよ。私がなぜいつまでも髪の毛をポニーテールにしているのかって、多少は顔が引き上がるから(笑)。でも、いずれはすべてを受け入れなければいけない時期がどうしてもくるでしょうし。

余語 :受け入れることが、ある時突然に求められると、ちょっと辛いと思うんですよ。

太田 :そうですね。

余語 :20代から30代へ、30代から40代へと変わる中で、成長したことと、それを受け入れることのバランスがとれていると、きっと自分の見た目の変化に対しても、そこまでフォーカスを当てずにいられる。
そうではなくて、もっと内面的な、たとえば若いときに観たものや行った場所に、もう一度行くと、全然違う景色に感じたりすることってあるじゃないですか。

太田 :経験を積んだうえで見えるものは、また違いますよね。
『悪女について』もそうです。小中学生のときは半分以上わかってなかった。でも、ずっと読み続けてきて、今はもうおおよそ把握したと思います。主人公より年上になっちゃいました、私(笑)。

そうやって、自分の成長とともに、本来の意味をだんだん捉えていけるような、バイブルみたいな本があるのはいいことかな。

「想像力」のある女性にはまた会いたくなる

太田 :今の若い人は、発言の場がたくさんあっていいですよね。SNSとか。

余語 :ありますね。

太田 :ただ、あれは一応人に見せるものなのでね。日記だったら何を書いてもいいんですよ、人に見せないのが前提ですから。でもSNSは誰が書いているかわからないという一面があるから、誹謗中傷してしまう人がいるじゃないですか。
何か意見があるならまだいいですけど、「あの女はブス」とか書いちゃう。

余語 :そういう人、いますね。

太田 :Googleの検索欄に私の名前を入れたら、検索ワードに「ブス」だの「斜視」だの見た目に関するワードが出てきますよ。
確かに斜視だけれど、子どものときから不自由したことはないし、他人にとやかく言われることでもないでしょ。

それに、50過ぎたおばさんにブスもなにもないだろうと(笑)。その範囲に入れてもらっているだけありがたいなとは思うんだけども。

余語 :なるほど(笑)。

太田 :若さが言わせているんだと思うんですよ。男女関係なくね。でも、いずれはみんな「あらどうしたの?」っていう見た目になりますから。同窓会なんかに行くとね。

余語 :数十年ぶりに会うと、びっくりしますよね(笑)。

太田 :それが普通なんでね。嫌な言い方をすれば劣化ですけど、その人が生きてきた証でもあるわけで。
人間は形が変わっていきますし、そもそも見た目を非難する人というのは、美人じゃなければみんな「ブス」とか、「チビ」とか「デブ」とか、短絡的ですよね。

余語 :そこしか見てないってことですよね。

太田 :うちの夫もよく「バカ」なんて言いますけど。まあバカな人は確かにバカなんですよ。内面と見た目は事情が違いますからね。でも、「バカ」と言っちゃうと、そこしか聞かない人がいるから。
「せっかく良いこと言っても、『バカ』しか捉えられない人もいっぱいいるから、あなたの言いたいことがもう半分もわからなくなる。『失礼なことだけ言ってる』みたいになって台無し」って、夫にはよく話すんですよ。

余語 :物事の上澄みだけしか見えない人っていますよね。たとえば小柄な人でも、「チビ」といえば悪口になるけれど、別の方向から見たら愛らしく見えたりするのに。

太田 :そこに「想像力」を働かせるかどうかですね。
見た目批判をする人は、その人自身の心が成立していないんだと思います。心のフィルターが成熟していない。「この人の魅力は何か」というところが見えるかどうかというのも、見る人の力量の問題で、そこを養ったほうがいいと思いますね。

余語 :そう思います。姿形のバランスがとれて綺麗な方でも、「またお話したいな」と思う方と、静止画として見ていれば十分という方と、違いがあると思います。
会えば会うほど、多面性があってギャップに驚かされたり、新しい魅力を見せてくれたりする方のお話を聞くと、やっぱりものの捉え方であるとか、想像力が、生きてきた中で蓄積されているのを感じるんです。

太田 :そうですね。会話ひとつにしても、まったく同じ話であっても、相手に合わせてアプローチを変えることはよくあるじゃないですか。わかりやすく例を変えたり、言葉を選んだり。でも話の行き着く先は一緒のはずなのに、それがうまくいかないことがある。

余語 :それはすごく感じます。想像力が働く者同士の会話は、すれ違いも誤解もなくてスムーズに理解し合えるのに、相手によってはゴールに辿りつけず「どうしたらわかってくれるのか」という困惑が強くなってしまって。

「今日はいい時間を過ごせたかな」と思うと、成果が出せたとは言えませんよね。その事実を自分はどう受け止めるか、どう吸収できるかと考えることも大事だと思っています。

太田 :長く生きていると、いろんなことが起きて、いろんな人に直面しますよ。なんかしでかしちゃいそうだなって人は、やりますね。思ったことは無きにしも非ず、みたいな人がやります。

余語 そうですね(笑)。

太田 :じゃあ、どうしたら自分はそれに気づけたのか、ということが反省点になったりします。 私は性格的に、いろんなことをずーっと考えているタイプなんです。だから、似たような失敗を起こさないようにする努力というのは、多少できているかなとは思うんですよ。

ただ、何も考えずに全部ウェルカムにするのは当然ダメだけれど、だからといって警戒してシャットアウトしてしまうと、それもよくないですよね。 それこそ女性にとって、社会に進出し自立するのは当然難しいことですから、手は広げておかなきゃいけないです。
すると、いろんな人が寄ってきちゃう。というところで、それをどう受け止めるか、結果を反省できるかというのは、女性の「聡明さ」にかかっていると思います。

何事も「受け止める」という女性の聡明さが美しい

太田 :「聡明さ」って、生まれながらに持っているものじゃないですから。いろんな人と関わって、切磋琢磨して、できあがるような気がします。

それに「聡明さ」にもいろいろあって、とくに女性は「母性」によっても変わってくる。ただ「聡明な女性」というのは、やっぱりどこにいても一番目立ってくるんじゃないかな。

余語 :先程の「受け止める」ということと、「母性」には、繋がるところがあると思うんですよ。 要は「すぐに闘う」とか「排除する」といった男性的な感じではなく、女性らしい聡明さですよね。実は、私は太田社長にお会いするといつもそれを感じていたんです。

「受け入れる」と「受け止める」はちょっと違うじゃないですか。受け入れすぎて、逆に自分自身が翻弄されてしまうのではなくて、自分は保ったまま受け止め、反駁することで、女性の聡明さは磨かれていくのかなと。

太田 :「受け入れる」というのは、相当エネルギーがいるんです。プロの精神科医でも相当難しいわけでね。 ただ「受け止める」ときにも、どこかでその人の考え方と統合しなきゃいけないかもしれない。それができるかどうかですよね。

たとえば、いじめられっ子というのは、「どういう風に振る舞えば人を傷つけられるか」という知識を経験として持っているじゃないですか。 身をもって知っている。だから、いじめる側に回ろうと思えばやれるんですよ。私もいじめられた経験がありますからよくわかります。

でも「友達に私みたいなつらい思いをさせたくない」と思うからやらないんですよ。そういう方向に考えられるかどうかは、やっぱりその人自身の想像力にかかってきますね。

余語 :今、20代くらいの若い女性たちが、想像力や考え方を磨いて聡明さを身につけるために、何かできることってあるでしょうか。

いずれ彼女たちが50代になったとき、鏡を見てシワを見つけても「今ここにいる私が好き」って言えるようになるために、今できることって何でしょう。

太田 :私が25歳のときには、何も考えてなかったですね(笑)。経験だけは他の人より隨分あったと思います。 早熟だったし、環境がそうさせた面もありましたから。でも、25歳のときにその経験はほとんど活かせていませんでした。

ただ、まず仕事があるんです。社会人になれば嫌でも「与えられた仕事で対価をもらう」というシステムの中にいますからね。だから私は「ここで自分がひと工夫できることは何か」と常に考えていました。

その工夫も与えられた仕事をきちんとこなさなきゃできない。それで認めてもらって、考えたひと工夫を認めてもらえるようになって、とやっていくと、仕事は楽しくなるんですよ。

自分でできることは何か考えると、いろんなことが吸収されていくんです。若さがあれば吸収力も相当ありますから。
仕事の内容もそうですし、調べたりするうちに必要な情報も、そうでもない情報もいっぱい入ってきますよ。 必要なさそうなものが、あとになってひとつのエッセンスになったり、その結果まったく違うものができあがったりして、もっと面白くなっていきますね。

余語 :言葉ひとつを調べるだけでも、違いますよね。

太田 :今はネットで簡単に調べられますしね。もちろん間違った情報もいっぱいあるから、注意して正しいものを拾わなきゃいけないけれど、いろんな考え方に一度に触れることもできますから。

余語 :そういう工夫で、仕事の本質が見えてきたり、もっと効率よくこなせるようになったりするかもしれないし。

太田 :そうですね。最近はビジネスでも人間関係を重視して、それに誰しも悩んでいるんですけど、仕事さえできていれば会社はそちらのほうを当然見ていますから。 つまらなそうな人や、調和を乱す人にわざわざついていく必要はないですよ。

仕事を楽しめるようになれば、自分も楽しいし、周りもそういう人に魅力を感じますしね。

余語 :確かに、引き寄せられるのって、楽しそうに生きている人ですよね。

太田 :現代の女性で楽しめないという人の中には、飽きっぽい、諦めてしまいやすいという特徴を持つ人もいると思います。

私たちの若いころは今よりずっと閉鎖的でしたからね。男女の給料は一緒になったとはいえ、芸能界で、今でもキー局の社長になった女性なんていませんし、取締役になるのも相当珍しいですよ。 でも、当時ほどではない。当時はやりたくてもやれない女性が多かったけれど、今はやろうと思えばやれます。

余語 :確かにそうですね。

太田 :日本に女性経営者が増えないのは、環境の悪さもありますけれど、本人の工夫が足りない部分もありますよ。

私が経営者になったころよりは、全然働きやすくなっていますから。完璧とは言いませんが、あのころの無駄はいくつも省けるようになっているので。でも、そこまで考える前に、女性たちが諦めていく感じがします。

余語 :もっと昔の女性は、学問を学ぶことも難しかったですよね。「勉強すると生意気になる」とか言われて。

太田 :四年制の大学に行ったら「お嫁に行けない」なんて変なレッテルをはられ、そもそも仕事がなかったんです。
短大の方が人気があったし、在学中にお見合いさせられて、卒業したらすぐ結婚なんてよくありました。そうでなければ社会勉強で2、3年勤めて寿退社。30歳で会社にいたら「お局(つぼね)さま」です。

あのころから比べたら、今は本当に女性がやりたいことをやれる環境が整っていると思います。あとは、自分の気持ちと行動次第ですね。

「女性らしさ」を失わないことが武器になる

余語 :では最後に、社長ご自身がこれから時を重ねていくうえで「女性としての美しさ」をどう磨いていこうと思われますか。

太田 :芸能界もまだまだ男性社会ですから、うっかりすると自分が女性であることを忘れてしまうんです。でも、やっぱり自分は女性だし、女性として仕事をしていたい。 男社会で仕事をするから、男っぽくならなきゃいけないというのは、ちょっと違うと思います。
最近、政治の世界でね(笑)。男っぽくなっちゃった方もいらっしゃいましたけど。「ハゲー!」なんて秘書を怒鳴っちゃった方ね。

余語 :ありましたね(笑)。

太田 :あれもよくよく事情を聞くと、それはほんとに勘弁してよって言いたくなるミスを秘書の方もやっていたりするんですけどね。 ただ、女性が大声だして怒鳴っていると、周りは「またヒステリーだよ」みたいな捉え方をしちゃうんですよ。

それに、身体的なこととか、相手が身の危険を感じるようなことは、どんな事情があっても言ってはいけませんね。

私も酔っ払っているときには、男性相手だといちゃもんつけたりしちゃいますけど、頭の片隅に「この相手だから、このくらいはいいだろう」と考えるところはありますし。 つい箍が外れることはあっても、最低限守るべきラインはありますから。

余語 :男性社会で仕事をしていると、女性のなかに「仕事ができる=男性化する」と思ってしまうところがあるかもしれないですね。

太田 :そうですね。ご本人を批判したくもないし、これだけ目立って出てくるということは、お仕事は一生懸命やってらっしゃるんじゃないかと思うんですけれど、それが空回りになっているんだなと。

その反面、東京都知事の小池百合子さんは、やっぱりうまい。支持する、しないの話じゃないんですよ。ただ演説を聞いていても、女性である自分を決して忘れない演説をされていますよね。

キャスターだった方ですし、セルフプロデュースができている。 政治家として、こういう言い方で、こういう演説をしなきゃいけない、というパターンはおそらくあると思うんですが、それを一回自分の中で噛み砕いて、女性としてスマートに事を運ぶように話をしているなと感じます。

余語 :この職業なら、こうあるべきといった認識が、昔からなんとなくありますよね。でも、それに振り回されず、自分軸を持って、セルフプロデュースできるかどうかは、これからの女性たちにとって大きいことのように思います。

太田 :セルフプロデュースできるのは、自分を俯瞰で見たり、物事を俯瞰で捉えることが上手な人ですよね。だから相手の立場に立てたり、自分がどう見られているかわかる。
まあ、眉間にシワ寄せてギャーギャー言っている人よりは、女性らしさを失わずに話している人の言葉のほうが響きますよ。

芸能界や政治に限らず、仕事において、女性が限界にぶち当たるのは、男を参考にするから。「女としてどうやれるか」と考えると、やりようも見えてくるんです。

芸能プロダクション社長というのも、やはり男性のイメージが強いんですよ。でも私はそこにはいきたくないなって思う。男っぽく見えたほうがいいのかもしれないですけれども、疲れちゃいますよね。

余語 :イメージに縛られすぎちゃうとね。

太田 :肩で風切って歩くようなこと、男の人がやってもなんとなく違和感あるのに、女性がそうやって周りを威嚇して歩いていてもしょうがないのでね。

余語 :仮初の鎧をまとうよりは、今日あるこの仕事をどう工夫するか、ということに集中したほうがいいですよね。

太田 :そのうち楽しみに変わりますから。楽しんでいれば女性は生き生きして見えるだろうし。

もっとも、私の場合、芸能プロダクションって売っているものは「人間」なので。本当はその人の「能力」を売っているんですけれど、その能力を持っているのは人間ですから。 だから「悪いおばさん」みたいなイメージですよ、私(笑)。

余語 :いやいや(笑)。

太田 :まあ夫のせいでもあるし、酒豪伝説もありますから。そう思われたくないなと思ってはいるんですけれど、なぜか勝手に怖いイメージが作られちゃったんです。 だから小池さんを見ていて、そう見えないようにセルフプロデュースするのが、結果的には女性として賢いのかな、って思いました。

余語 :「結果的に」というのは大きいかもしれないですね。

太田 :そうです、そうです。

余語 :将棋じゃないですけど、何手も先を考えて、そのときの自分を俯瞰してみて、それが納まりよく見えるか、不愉快なものに見えないかを考えることが大事だと思います。

太田 :振り回されている女性が多いですから。安倍首相の周りを見ても、女性たちは結果的に良い状況とはいえないわけでしょう。端からみると利用されているんじゃないかと思いたくなる。そうでもないんでしょうけどね。

余語 :周りに振り回されない自分も必要ですし、自分の軸を持って、状況を見極めて、波にのまれないようにする。そういう聡明さが、女性としての美しさや幸せに繋がっていくんでしょうね。

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